看護師として困りごとを拾ってしまう私と、評価されない現実

work

ちょっと仕事で立ち止まってしまう出来事がありました。

振り返ると私の心の中にはもやもやとしたものがあって

理想と、どうすることもできない現実

その現状を言葉にして形にしてみたいなと思いました。

看護の仕事とは

看護師って、患者の生活を支えるのが仕事なんです。

でも優先されるのは診療の補助のほう。

どうしても生活のほうは置き去りになりがちです。

そして患者さんの話を聞いたり、文化や背景を支えるのってすごくすごーく時間と根気が必要なこと。

ひとつひとつに向き合おうとすると、時間があっても足りません。

私たち看護師は実は分刻みのスケジュール。

合間合間にあとからあとから業務が追加されていき、

同時に複数のタスクをこなしていく仕事です。

そんな中に患者さんの困ったエピソードが入ってきたとき

それは命に係わることなのか、今しなければならないことなのか

明日でもいいのか。

頭の中で判断して自分のタスクに入れるのか、どの優先度を下げるのか

常に考えています。

でもね、困ったエピソードの中でも命に係わらないことって後回しにされがちなんです。

業務優先・効率重視で動く看護師さんは

そこはうまーくやってます。

自分のタスクには加えない。

明日の誰かがやってくれるから。

ところが、私はどうしても気になってしょうがないんです。

見過ごせないんです。

困っている今解決してあげたくなるんです。

これは一度緩和ケアを経験したからなのでしょうか。

患者に明日はないから。今日・今解決しなければならない。

私の心の沁みついています。

みんなが見過ごしてきた困りごとを拾って自分の業務に加えていった結果どうなると思います?

なんと、残業になるんです。

そして周囲からは仕事の遅いやつ。できないやつと評価されるんです。

だって、現場は効率的で時間内に仕事を終えられる人を評価する文化だから。

ずーーーーっとその環境でやっていると

なんだかやるせない気持ちになって辛くなります。

「今日は業務だけ。困りごとはみんなみたいに気にしないようにする。」

そう覚悟を持って仕事に行っても、

今日もまた患者さんの小さな困ったに全力で向き合ってしまう日々です。

現場と理想のギャップ

看護学校ではあんなに患者の“その人らしさを支える”ことについて時間をかけて学ぶのに

現場に出れば評価されない

なんだか滑稽ですよね。

そんな矛盾の中で

今日も私は働きます。

私の看護が誰かの支えになっていればいいのだけれど。

おわり

タイトルとURLをコピーしました